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なぜ「PTA」はめんどうくさいのか?

JUGEMテーマ:オススメの本

PTAに関する話題が、ネット上で散見される(毎年恒例の)時期になったので、改めてPTAの関連本を読んでみた。

 PTAが無くなったら、学校は本当に困るのか?

著者は、最近こんな記事を日経DUALで更新している。

この本の中でも、まず「PTAは任意団体で、強制加入させてはならない」という大前提を掲げている。

そういった説明やPTAの趣旨や目的のないまま、自動入会させられ、強制的に集金され、役員や何らかの係・委員会をさせられる、ということが問題だ、というよく考えなくても当たり前のような話から始めなければならない。

でも、組織に属していると、そういう会はいっぱいある。
地域の「自治会・町内会」もそうだし、会社の「社員会」もそうだ。もしかしたら、大学のサークルですら、他大学との「連合会」があって、それぞれ何らかの役回りをさせられたり、お金を取られたりしてるかもしれない。

それぞれ、本来、自分たちのためだったり、地域・子どものためという目的があるはずで、そこに加入することで得られるメリットがあるから活動する、ものなのに、「やらされてる感」が出てしまうのはなぜだろう。

本書でも、そうした疑問から、各地のPTAでさまざまな工夫がされた事例を紹介している。


それでも、毎年毎年「PTA」に対する不満、不平、悪い噂は絶えない。

いくつか原因が考えられる。

・役の交代が早く(1年任期等)、ノウハウが継承されない
・慣例が強く、やらされるものだ、という固定観念が強い
・地域・時代ごとに実情や課題が違い、その対応も異なるのに、議論のなかでは同じ「PTA」として語っている

教育や子育ての話題は、世代間で揉めることが多い。また、地域間でも同様に揉めることがある。

高度経済成長期の働き方と子育てをしていた親世代と、経済熟成期に入り多様な子育て・働き方をしている現役世代では、価値観は全然違うはずなのに、「PTA」の話になると、なぜか急に古臭い話になってしまう。


結局、それぞれの時代にニーズにあったやり方で、やりやすいようにやりなさい、というのがシンプルな答えなのだけど、そこにたどり着くまでに、親同士で長い長い議論が必要になりそうだ。

ただ、そうした前提条件だけでも、継承していくことは必要なことだと思う。
「PTA」に関する正しい情報を伝え、こういう柔軟な組織だよ、ということを絶えず伝えていく。

「PTA」が「めんどくさい」になってしまっているのは、なにか固定的な観念に囚われているからだ。

その固定観念を取り外してくれるのは、やはり経験者や先達なのだと思う。


ただ、それですべて問題が解決されるわけではない。

そもそも「教育」が公共財である、ということをもっと政策として重視すべきだと思っている。

要は予算が少ないから、親や先生の負担が大きいのだ、

という話で、予算があれば、PTAを自腹でやる必要もないし、著者のいうように公費で賄えるはずのものをPTAが負担することもない。

そして、PTAという組織だけで解決できることに限界もある。
「虐待」や「いじめ」あるいは「ネット犯罪」「性犯罪」といった新しい問題に対して、PTAだけでなく、地域全体あるいは、個別に対応できる専門組織で考えなければならないこともある。

また子育て世代はこうしたPTAなどの組織のおかげで良くも悪くも、地域との結びつきや地域組織の大切さに気付くこともあるが、独身男性や独身女性は地域とのつながりは薄いといわれる。そうした世代が、たとえば野球クラブの監督をしたっていいし、PTAとして子どものためにできるボランティアに参加してもいい。

せっかくグローバルな情報社会に生きているのだから、「子どもの未来を考える組織」としてのあり方を、めんどうにならないようにオープンに考えていきたい。
 
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