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「しょうぶ学園と高木正勝」ミライの学び舎in淡路島


先日、淡路島で行われた「ミライの学び舎」主催のミライの音楽祭というイベントに参加してきた。

お目当ては、しょうぶ学園otto&orabu高木正勝さんの演奏。

どちらも、素晴らしいライブを披露してくれた。

しょうぶ学園otto&orabuは、知的障害者をはじめ、多くの障害者の利用する施設「しょうぶ学園」の利用者自身とスタッフで構成された音楽ユニットだ。

しょうぶ学園では、単に障害のある人の世話をするだけでなく、彼ら自身に活動を求める。
彼ら自身が行う音楽をはじめ、工芸・アートなどのものづくりを通して、自立支援・地域との関係構築・社会への発信を行っている。

彼らの音楽の魅力は、奇妙な「ズレ」のある不安定な音の重なり、そしてその自由な音の発生を一つの作品としてまとめ、リードする旋律にある。
一つ一つの音の要素が一体となった演奏はとても心に響く、力強い生命力を感じさせるものとなっている。
彼らの描き出すもの、作りだす音は、一般的に見れば下手くそな音だ。
メロディもバラバラ、ヴァイオリンはギィーと不穏な音を鳴らし、リズムもずれていく。
それでも、楽しそうに、力強く歌い、音を奏でる姿と、連なった音の全体は素晴らしいものになる。
彼らの音楽は、とても不思議な体験ができる。

彼らが「普通の日常」から逸脱しているから、こうした音が出せる、というのではない。

彼らはただ、彼らのやりたいように音を出しているだけのようにみえる。
それが普通なのに、定型のメロディに合わせて歌う・弾くことが当たり前になっている私たちの日常の音楽が、彼らの音を新鮮なものにさせている。

しょうぶ学園の活動は以前から知っていたけれど、彼らの音の魅力は実際に、体感しないと分からない、と思っていた。
本当に「すごい」と思える体感できる機会を得て、本当によかった。


一方、高木正勝さんは、美しいメロディを多彩なアレンジを加えて、豊かな音楽を作り出す。
自然と心にすーっと入ってくる故郷のような音楽を感じさせる。

しょうぶ学園の「ズレ」から生まれる音楽と、一見すると対照的なようで、高木さんが作り出す音も、繊細なメロディの底に力強さがあり、大いに揺さぶられる感覚がある。
音楽とは何か、を突き詰めて考え形にしてきた才能ある芸術家が奏でる音は、とても自然な旋律で成り立っている。
「純粋無垢な自然な音楽である」という点が、しょうぶ学園の演奏に通じるものがあるように思う。

両者の演奏を聴いて、とても純度の高い音楽をたっぷり浴びることができた、と思っている。

貴重な体験を与えてくれた、主催者の皆様に感謝したい。

 
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クラウドソーシングによる就労支援は可能か

JUGEMテーマ:育児

子育て時期のママにクラウドソーシングを活用した社会とのつながりを提供

就労支援としてのクラウドソーシングは可能か

先日、市役所のパンフレットで、ひとり親家庭等の就労支援として、在宅就業支援(クラウドソーシングワーク)事業を行う、という趣旨のパンフレットがあった。

なかなか仕事に就けないひとり親に対し、在宅でもできるワークを委託するといった制度だが、なるほど、と思った反面、不安も大きく感じた。

いまクラウドソーシングの世界でも、さまざまなサービスが存在し、その競争は激化している。
そのなかで、プログラミングやデザイン、経理などのスキルや知識があればよいのだが、初心者歓迎、未経験でもできる、という仕事になると、競争率が高く、そして単価が安すぎる。

そのうえ、クラウドソーシングの競争相手は、国内だけにとどまらない。

場所を選ばない仕事なので、海外でもできるし、英語ができるクライアントであれば、英語で発注し、より安い海外の労働力を気軽に使うだろう。

そうしたなかで、自立できるレベルの仕事が果たしてクラウドソーシングで得られるのだろうか、という点が非常に気になるところであった。

アイデア的にはとても面白いと思うし、実際に働くことができるのであればありがたいが、仕事の発注時点での明確な作業内容、契約条件、納期、期間等の確認や、また最低賃金保証、スキルに合った適正金額かどうか、などといったことがしっかりとされていればよい、と思う。

ニュースの記事でも、「社会とのつながり」は提供しているが、実際に家計を担えるほどの「就労」の機会を提供しているわけではない、というタイトルにこのことが現れている気がする。
 
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Green Drinks@京都KYOCAに参加してみた


京都のKYOCAで開催された「GreenDrinks」というイベントに参加してきました。

GreenDrinksって何?というところですが、参考記事は下記です。

エコでソーシャルな飲み会「green drinks」の未来って? 6つの地域が“いま”と“これから”を見つめ直した「green drinks Japan サミット」

「なんかよくわかんないけど、意識高い系の集まりね」ということであながち間違いではないかと思います。

Greenzはメディア媒体としては、なんとなく知っていた程度で、(正直、「ソーシャル」とかあんまり好きじゃないけど・・)ただ面白そうだなぁと思っていたところに、ホホホ座(ガケ書房)の方も来る、といったところで、なんとなく参加してみました。

参加者との交流が多く、(Greenzの)中の人とも話せたのも面白かったし、京都のNPOで働く方や出版社の方、イラストレーターの方など面白い人たちと知り合えたのもよかった。

ビールを片手に対談を聴いていたので、内容はうろ覚えですが、
これからの「京都」でのテーマはとても面白く、「伝統」というある意味重い文化を担ってしまっている京都ならではの悩みを感じました。
伝統芸能・技術・工芸といったものを、ただ単純な説明で広告化するのではなく、それを面倒な説明をしながら若い人にもつなげていくようなことを考えていかなければならない、という危機感を感じました。

一方で、これまで書店として、どちらかといえば受け身で行っていたガケ書房さんがホホホ座を改めて立ち上げたことで、発信者側にも回っていく、というのが今後とても面白そうだと思っています。

サブカルの巣窟のようなガケ書房の店主が「サブカルなんかで食っていけないよ!NGワードですよ!」というのが面白かった。
「京都 カフェ 女性」が人気ワードだ、という話から「わたしがカフェを始めた日」のことを説明したり、と非常にアグレッシブに語ってくれました。

そんな場所に「主夫」として、参加してみると、意外とちょっと尖った存在に見られてしまって、面白くて、意外と主夫も悪くないなぁと思ったりしましたが、一般的な主婦の悩みと同様「どうやって社会とかかわりを持っていくか」ということをこれからしっかり考えて、頑張りたいなぁと思ったところです。

あ、あと用意していただいた料理がほんとおいしかったです。ごちそうさまでした。

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『がんばらない、だから壊れない。』パブリック空間の曖昧さ


がんばらない、だから壊れない。全国に“心の一服”を広めた「東京シャボン玉倶楽部」メンバーのみなさんに聞く、息の長い活動のヒント

タイトルにあるキャッチフレーズが本当にいいなぁ、と思って記事の紹介になります。

タバコは体に良くない、という認識はおそらく誰もが持っているけれど、喫煙者の方が、喫煙所で、コミュニケーションの場を形成していて、それがきっかけで生まれるアイデアや関係性、そういったものがときに大切になることもあります。

でも、やっぱり非喫煙者もそういうのがしたい、喫煙者だけずるい、みたいなところはあるわけで。

そこで、「タバコの代わりにシャボン玉のあるライフスタイルを提案する」という、いたってシンプルな活動目的をもって、それを続けている団体が「東京シャボン玉倶楽部」です。

喫煙所ならぬ「シャボンダマステーション」を各地に設置してもらい、シャボン玉スティックをもって、自由に集まれる空間を作る。

とてもシンプルだけど、なかなか発想できない、面白い取組みで、問い合わせも多い、とのこと。

ただし、マネタイズはしない、組織としてもゆるく代表者もいない、ただプライベートなつながりだけがある、といったやり方で団体を運営している、という。


昨日、スタンダードブックストアで行われた『PUBLIC DESIGN 新しい公共空間のつくりかた』の発刊記念イベントで、著者の馬場正尊氏とGreenzの小野裕之氏との対談の中で、この取組みが紹介された。

公共空間についてめぐる議論のなかで、こうしたソーシャルな取り組みを紹介するメディア発信を行っている小野さんは、
「パブリックってあいまいな空間だから、おびえるじゃないですか」と述べ、馬場さんは深くうなづいていた。
その曖昧さを埋める装置として、シャボン玉が機能している、事例だとしている。

こうした空間を共有することで生まれる関係性は、とても面白い。
馬場さんは空間をデザインする建築家でもあるので、空間からデザインしていく人だけど、そうじゃないやり方もあるんだ、という視点にとても感心していた。

「ぼくらはプライベートな空間を守って、何を得たかったのだろうか?」という問いを小野さんは突きつける。

自分のものにする「所有」ということにとらわれ続けて消費をし続けるのが、資本主義だとしたら、小野さんの問いはそれに真っ向から戦うものになる。

「がんばらない、だから壊れない」という表現はとても響くものがあった。

パブリックな空間、自分たちで作る共有された空間を維持していくのに、とても重要なキーフレーズのように感じた。

ソーシャルなもの、パブリックなもの、というのはまだどこかあいまいでうまく捉えきれず、有効に利用できないところがある。
ただ、そういったものの扱い方のヒントを、Grennzという媒体は集めているのだと思った。

非常に刺激的な対談を聞くことができて、本当に良かった。


 
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